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3)ミッションの役割


3-01 空間的な隔たり

私が一番最初に“演出”を手がけたお化け屋敷は、後楽園ゆうえんち(現在の東京ドームシティ アトラクションズ)の夏期限定企画『パノラマ怪奇館〜赤ん坊地獄』でした。
それまでは、外部から演出家を招く、というスタイルを採っていましたが、『パノラマ怪奇館〜赤ん坊地獄』からは私が演出を担当することになったのです。
 
けれど、そこには、外部の演出家の代わりになる、何か今までにない新しいものが必要でした。それは、テーマなのか、モチーフなのか、いろいろと考えました。
そこで考えついたものが、「ミッション」でした。
お客さまに、何かのミッションを与え、お化け屋敷の中で、何かの役割を担ってもらうという方法です。
 
それまでのお化け屋敷では、演出とお客さまの間には一種の隔たりがありました。
演出は、基本的に柵の向こうで行われ、お客さまは柵と柵の間の通路を歩きながら演出を見て歩く、というスタイルです。空間的に区切られているため、どうしてもお客様は傍観者の立場に立ってしまいがちです。
演出の空間とお客さまの空間が完全に分けられている、ということは、それまで数年間お化け屋敷を制作していた中で大きな不満でした。
 
ただ、この空間的な隔たりを取り除くのは容易なことではありません。施工面からも運営面からも、多くの難題があります。お化け屋敷に携わって数年しか経っていない私には、これを解決するだけの経験が不足していました。
そこで考えたのが、心理的に隔たりを取り除こうという考え方です。

 

(2023.07/24)

3-02 「赤ん坊地獄」におけるミッション

空間的に隔たりを取り除くことはできなくても、心理的に隔たりを小さくすることはできるのではないだろうかと考えたのです。
演出は柵の向こうで行われ、自分を脅かすものは決して通路に乗り越えてくることはありません。しかし、何かのミッションを加えてみたらどうなるだろう?
 
『パノラマ怪奇館〜赤ん坊地獄』で考えたミッションとは、お客さまが「入り口で預かった赤ちゃんを無事出口まで届ける」というものです。当然ながら、館内では様々なお化けが、お客様が抱いている赤ん坊を奪おうとしてきます。それらの危機から赤ん坊を守りながら進まなくてはなりません。
 
このような立場に置かれたときに、お客様は傍観者ではいられなくなります。柵の向こうで起こることを見て歩く傍観者ではなく、一種の当事者となってしまうのです。
今まで客席で大勢の人々と一緒に舞台を見ていた一人の観客の周りから、急に人がいなくなり、客席に自分一人だけになっていたと思ったら、舞台の上から直接自分に向かって俳優が語りかけてこられるようなものです。そこには、客席と舞台の境がなくなっています。しかも、その俳優は、恐ろしい形相で「その赤ん坊をよこせ」と迫ってきます。
 
何かの役割を担う、ということは、このような立場の変化だといえばわかりやすいでしょうか。
柵がある以上、演出(舞台)と通路(客席)という空間的な区切りは、確かに存在します。しかし、赤ん坊を抱いてしまうことによって、お客様は観客席の中の顔のない一人ではなく、役割を持つ個人としてそこにいることになってしまうのです。
それはまるで、すがるもののないような孤立した状況です。森の中に隠れていたのに、急にすべての木が取り払われてたった一人で立っているような、そんな心細い気分です。お客様は、たった一人でこの役割を遂行しなくてはなりません。
それこそが、お化け屋敷にミッションを加えたことによって生まれた大きな効果でした。

 

(2023.08/07)

3-03 相反する心理

一方で、単に空間的な隔たりという問題もあります。
お化け屋敷で何かの演出を仕掛けた場合、お客さまはその演出から遠ざかろうとします。いかにもそこで何かが起こりそうだ、と思うからです。
例えば、前方に俯いた人形が立っていたとします。誰もが、その人形が動くのではないかと用心します。
その人形が不意に動いて自分に襲いかかってきたら怖いですから、多くの人はその人形から遠ざかろうとします。
せっかく、その人形を使って怖い演出を仕掛けていたとしても、お客様が遠ざかって、仕掛けとの間に距離ができてしまっては効果が発揮できません。
 
お化け屋敷は恐怖を楽しむエンターテインメントです。しかし、いくらお化け屋敷が安全で、すべてはフィクションだとわかっていても、人間の中の恐怖という情動はそういった理性的な判断を超えてしまいます。お化け屋敷の中でも、怖いものからは遠ざかりたくなってしまうのです。
 
しかし、お化け屋敷は恐怖を楽しませなくてはなりません。怖いものを避けようとするお客様に恐怖を体験させなくてはエンターテインメントになりません。
お客様の中のこのような相反する心理を、乗り越えなくてはならないのです。
 

(2023.08/21)

3-04 エンターテインメントに引き戻す

俯いて立っている人形にお客様を近づけさせるためには、近づかないといけない理由が必要です。そこで考えたのが「ミッション」でした。
立っている人形に何かをしないといけない(例えば首にネックレスをかけてあげないといけない)というようなミッションを与えると、お客さまは否が応でも、その人形に近づかざるを得なくなります。
これによって、お客様と演出の間にある空間的な隔たりは解消できます。
 
一方で、次のような心配もありました。
お客さまはミッションを行わなくても先へ進むことができる。それがわかっていれば、わざわざミッションを行わないのではないか?
しかし、それは杞憂でした。
ミッションを課した場合、それを無視するお客さまはほとんどいませんでした。
 
これはどういうことでしょう?
お客様は、相反する心理状態に陥りながらも、実は、お化け屋敷が恐怖を楽しむエンターテインメントだということはわかっているのです。
ただ、恐怖の対象を目の前にすると、思わず避けてしまうのです。
そこにミッションという一滴を与えることで、お客さまはもう一度エンターテインメントに戻ってきてくれるのです。

 

(2023.09/04)

3-05 束縛と解放

私は、お化け屋敷というのは解放型のエンターテインメントだと思っています。
心を解放することによって得られる喜びが、お化け屋敷における重要な要素なのではないかということです。
 
ところが、ミッションはそれとは逆に、お客様を束縛し、抑圧します。
不気味な空間の中で、明らかに恐ろしいことが起こりそうなミッションを行わなければならない。これは、強い抑圧です。
『赤ん坊地獄』では、お客様に赤ちゃんを抱いて歩いてもらいます。赤ちゃんを抱くことによって、両手が塞がれて体の自由が奪われます。
『足刈りの家』では、靴を脱いでお化け屋敷を歩いてもらいます。靴を預けてしまうことで、自分の体の一部が奪われたような感覚に陥ります。
いずれも、お客さまを束縛していることに他なりません。
 
しかし、先ほど、お化け屋敷は解放型のエンターテインメントだと書きました。
解放と束縛は、全く逆のことです。
では、なぜ解放型のエンターテインメントで、逆のことを課すのでしょうか。
 
それは、大きな解放感を得るためには、大きな抑圧が必要だからです。
強い抑圧を受ければ受けるほど、それがなくなった時の解放感は大きくなります。
空気を強く圧縮すると、その栓を抜いた時に元に戻ろうとする力は大きくなります。ただ、それは中途半端な圧縮ではいけません。強い圧縮が必要です。
つまり、日常生活では経験することのない、強い抑圧が必要なのです。
 
お化け屋敷とは、このように束縛や抑圧を作り、そしてそれを一気に取り除くことによって喜びを生み出す特異なエンターテインメントなのです。
 

(2023.09/18)

  

続 「4)解放型のエンターテインメント」
 
前 「2)キャストのいるお化け屋敷」

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