2)キャストのいるお化け屋敷
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2-01 キャストのいるお化け屋敷
機械の演出するお化け屋敷には、このように限界があります。
私がお化け屋敷に携わるきっかけになったお化け屋敷も、主として機械によって演出が行われるものでした。
けれど、1箇所だけキャストが出る場所がありました。
お化け屋敷の中を歩いていくと、古井戸が現れます。その前を通り過ぎようとすると、「コンコン」という音が聞こえてきます。その音に誘われて井戸の方に視線を移した瞬間、井戸の中から白装束に身を包んだお化けが勢いよく現れるのです。私は思わず悲鳴をあげそうになりました。
なぜ、あの井戸の演出はあんなに怖いのだろう?
私は、お化け屋敷を出た後に考えました。
そこには、機械とはまったく違った怖さがあるのです。
一番大きな違いは、タイミングです。
キャストは、機械では計測できない絶妙なタイミングを見計らって、現れることができるのです。タイミングが合っている、という言い方もできます。
では、タイミングが合うとなぜ怖いのでしょうか?
そこには、コミュニケーションが存在するからです。
2-02 怪獣に見られる
怪獣映画で怪獣が街に出現し、建物を破壊しながら迫ってきます。人々はパニックになって、怪獣から逃げ惑います。それは恐怖を感じさせるシーンです。
そうした人々の中で、一人だけ転んで逃げ遅れてしまう人が現れます。
怪獣映画でとりわけ怖いと思うのは、怪獣がこの一人の人間を見つけた瞬間です。
怪獣の目が、その一人の人間に注がれた時、大勢の人間を襲っている時とは違う格段の恐怖が生まれます。
怪獣に見つかってしまった。もう絶対に逃げられない。そんな気持ちが生まれます。
お化け屋敷の中でも、それは同様です。
お化け屋敷で怖いのは、お化けに見られることです。
お化けが自分を認識して自分の動向を窺っている、ということを知った時に、お客さまは恐怖に駆られます。
なぜ、お化けに見られると、それまで以上の恐怖を感じるようになるのでしょうか?
2-03 タイミングはコミュニケーション
これは、関係性が変化しているからです。
怪獣が街を襲っている時は、怪獣と自分との関係は比較的希薄です。しかし、怪獣が自分を見つめた時、関係は一気に強まります。
お化けのキャストが自分を見つめた時も、同じように関係は一気に強まります。
しかし、この関係性は機械では生まれません。
機械は、お客さまを見つめることはないからです。見つめられていないのであれば、その恐怖はそれ以上大きくなることはありません。
一方、機械ではないキャストは、お客さまを見つめます。見つめられたお客様は、その視線から逃れようとします。それをキャストが目で追います。さらに逃れようとします。その時、キャストが襲いかかってきます。
ここでキャストとお客さまの間で行われていることは、かなり深いコミュニケーションです。このコミュニケーションがあるから、キャストはタイミングが取れるのです。
タイミングが取れる、ということは、両者の間に強い関係性が生まれ、コミュニケーションが取れている、ということを意味します。
コミュニケーションは、生物と生物の間にしか存在しません。
そこに、キャストによるお化け屋敷の怖さの秘密があるのです。
2-04 マジシャンに指名される
前回「関係性が変化している」と書きましたが、それだけでなくお客様の立場も変化をしています。
演劇やショーなどでは、舞台と客席が分かれています。
たとえば、マジックショーの舞台を見ていたとしましょう。
客席に座っている時は、大勢の観客の中の一人で匿名性を持っています。
ところが、ショーが進行するうちに、いきなりマジシャンが指を差し、「そこのあなた」と呼びかけてきます。そして、舞台に上がってくるように促します。
言われるがまま舞台に上がってしまうと、もう匿名の誰かではいられません。名前を持った個人になってしまいます。(実際に名前を訊かれることもあります)
もはやその人の立場は、観客席に座っている時と、全く違うものになっています。
もう、舞台の上の重要な登場人物になっているのです。
お化け屋敷でも、同じことが起こります。
お化けに見つめられた時、マジシャンに指を差された時と同じように、匿名性が剥がされた感覚に陥ります。
それこそが、キャストのいるお化け屋敷にしか作れない魅力です。
私は、お客さまに、その世界の登場人物のようにお化け屋敷を体験して欲しい、と思っています。
その背景には、キャストのいるお化け屋敷が作り出す、このような作用があります。
そして、そのような体験を作り出すのに重要な働きをするのが、ミッションなのです。
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