三夜子の日記 2009.07
施餓鬼
DATE: 07/18/2009 23:59:38
昨日の涼しさから変わって、今日はまた蒸し暑さがぶり返してきました。
午後1時頃に、寺に出かけてきました。今日は、施餓鬼です。地獄に堕ちた餓鬼に食べ物を施す法要が行われます。
薄い化粧をしてお寺へ向かう途中、行きつけの店に立ち寄ったら、少し早いけれども無花果が出ていたので買うことにしました。今年は新盆なので、亡くなった祖父の好物を持って行くことにしたのです。
寺では、無花果を三宝に載せて法要をしてもらいました。
地獄に堕ちた餓鬼は、食べ物がすべて火に変わって食べることができなくなると言われています。私があの世に送った無花果を、餓鬼が食べようとしても火に変わることがないように祈りました。いつか、私も餓鬼になってしまうのでしょうか。
お寺の本堂には涼しい風が入っていましたが、一歩外に出るとむせ返るような空気です。日傘を差して歩くうちに少し胸が苦しくなるような心持ちになり、店に入って涼むことにしました。
生来体が弱く、そのことが学生時代から口惜しくて仕方ありませんでした。今日などは施餓鬼の法要で気分が晴れるはずが、帰りにこんな体調になってしまうとは、ほんとうに情けなくて、たちまちつまらない気持ちになってしまいました。
私はいつでもこんな有様です。エアコンが効きすぎた店の隅の席で、注文したはよいけれど一向に食べる気にならない豆かんを前にして、切ない気持ちのまま座っていました。
→次の日
朝顔市
DATE: 07/19/2009 23:21:58
以前から朝顔市に出かけようと誘われていたのですが、昨日、施餓鬼の法要の帰りに具合が悪くなったので、今日はおとなしくしていることにしました。断りの電話を入れると、誘ってくれた大学時代の友人は残念そうな口ぶりでしたが、それ以上誘ってこようとはしませんでした。このようなことは、学生時代からたびたびあったからです。ただ、卒業してから三年経ってしまうと、次第につきあいも遠くなりがちです。一度の断りで、二度目の誘いはもうないかもしれません。
それもきっと、施餓鬼の前夜に、仕舞っていた地獄絵をそっと見てしまった罰にちがいありません。蒸し暑い押し入れの中に入って地獄絵の本を開くと、いつでも血や炎の色は本物より鮮やかに感じられます。
風の通る庭に面した部屋に夏布団を敷いて横になり、来年の朝顔市は誰と行こうかと考えていました。
夕暮れになると、空気が桃色に染まってきました。ようやく胸の重みも取れて庭に出てみると、南の空に薄い虹がかかっていました。
→次の夜
なくなった無花果
DATE: 07/20/2009 23:25:47
昨日の夕暮れに戻ったと思えた体調が、どうにも思わしくありません。
連休で病院が休みなのが恨めしく思えます。いえ、私はいつでも休日を恨めしく思っていました。町の様子が浮き足立っているのが、嫌で嫌で堪らなくなくなることがあるのです。
食欲もわかなかったのですが、施餓鬼の時に供えた無花果なら食べられそうな気持ちになったので、買った店に出かけていきました。
けれど、店頭に無花果は見当たりません。店の主人に尋ねてみると、まだ無花果には早いよ、と言下に言い放たれました。でも…、と言いかけて言葉を呑み込みました。確かに一昨日、施餓鬼に向かう途中、この店で無花果を買ったはずです。主人は、勘違いしているにちがいありません。かといって、そのことを指摘したところで、詮方のないことです。
私は茄子と茗荷を買って帰ることにしました。焼き茄子を添えたそうめんくらいなら喉を通りそうな気がしたのですが、実際に作って食卓に並べてみると、箸を持つ気にもなれません。
地獄では食べたくても食べられない餓鬼たちがいると言うのに、情けなくなってしまいます。
もし、無花果を持っていったというのが私の勘違いだったらどうしよう。私は不意に恐ろしくなりました。もし私が施餓鬼に何の供物も持って行っていなかったら、私も地獄に堕ちて餓鬼になってしまいます。
そんなはずはないと、何度も否定してみるのですが、その思いが頭から離れなくなって恐ろしくてたまりません。
夜になって、庭に何かがやってきているような気配を感じました。供物を食べられなかった餓鬼たちが、庭にやってきているのかもしれません。
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細かい雨
DATE: 07/21/2009 23:52:35
朝起きて、まだ体調が優れないようであれば病院へ行こうと思っていました。
あまり頻繁に出向くと煙たがられることはわかっていますから、多少我慢できるようであれば、できる限り先生方を煩わせたくはありません。私などより、もっと重篤な患者さんたちが先生方の治療を待っているからです。
けれども、起きてみるとひどい目眩がして、起き上がることさえままならない状態です。
それでも、布団の上にようやく身を起こした格好のまま、まだどうしたものかと思案していました。このような軽微な症状では、先生のご迷惑になるのではないだろうか。
ようやく布団を抜け出してカーテンを開けると、どおりで今朝は涼しいはずです、窓の外では細かい雨が降っていました。
それを見て、いくらか心が軽くなりました。雨の日なら患者の数も少なくなります。それなら私のような症状でも、負担になることは少ないかもしれません。
いくぶん言い訳じみていることはわかっていながら、心のどこかに赤い灯が点ったかのようです。病院へ出かける支度をしながら、いつのまにか忘れていた歌を呟くように歌っていました。それに気づいて恥ずかしくなりましたが、それさえも嬉しく思えてきてしまいます。
今日が雨でよかった。なぜなら、今日はあの人が担当医だからです。
病院へ向かうバスの車内は雨の湿気が充満し、普段なら息苦しいはずが今日はそれも気になりません。曇った窓ガラスを見ながら、体が軽くなっていくのが後ろめたくて、どうかこのまま体調が優れずにいてほしいと願いました。
予約のない私は待合室で随分待たされることになりますが、それも慣れたもので、さして苦にもなりません。
ようやく名前を呼ばれて診察室に入る頃には、昨日までの苦しさが嘘のように体も軽くなっていました。
診察室を開けると、先生はいつもの笑顔です。私は正直に答えるしかありませんでした。けれど、先生は笑顔を崩さぬまま、「それは良かったじゃないですか」と言ってくれました。
もう今日は、それで十分です。
今でも、胸の奥の灯は点ったままです。
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皆既日食
DATE: 07/22/2009 23:24:18
今日は、46年ぶりの皆既日食だと言って世間では大騒ぎになっています。
私は必ず何かよくないことが起こるのではないかと、気が気ではありません。
朝から雨が降っていて、日食が見られないのではないかと胸を撫で下ろしていましたが、やがて雨も上がり日食の時間には空は白い雲に覆われていました。
私は胸騒ぎが治まらず、かといって家の中でじっとその時間が過ぎるのを待つことにも耐えきれず、そわそわとした気分のまま日食の時間を迎えました。
庭に出て空を見上げてみたのですが、方向が悪いのか太陽の位置さえわかりません。一度見ようと心に決めたら、気持ちが急いてすぐにでも見たくてたまらなくなってしまいました。そのまま木戸を開けると、路地へ出て、それでもよく見えず道に出ました。
道には、多くの人が立ち止まって空を見上げていました。こんなに多くの人たちが一斉に空を見上げているということは、今まであったでしょうか。私には非常に奇妙な光景に感じられました。
見上げると、厚い雲で太陽がどこにあるかさえもわかりません。それでも、辛抱強く待っていると次第に雲が薄くなり、太陽の輪郭が見えてきました。その輪郭は、確かに欠けていました。この辺りでは皆既日食にはならないので、太陽が姿を消すことはないのですが、それでも欠けている太陽の輪郭は良くない兆候に違いありません。私は、欠けている太陽の、その影の部分をじっと見ていました。その影の部分に、きっと災いの種があるにちがいありません。
その時、いきなり突風が巻き起こりました。私は、周囲の風景がすべて風にさらわれたのではないかと思ったのですが、そうではありませんでした。もしかしたら、私の魂の一部がさらわれてしまったのかもしれません。
長く太陽を見ていたためでしょうか、目の奥に白い残像が残って、歩く足元がおぼつきません。ようやく家に戻ると、庭に黒い大きな鳥がやってきていました。
ああ、やはり日食など見に行かなければよかった。後悔しても仕方ありません。
今でも、目の奥が痛くてたまりません。日食の影から何かが私の中に入ってきたのではないでしょうか。
夜になって、庭で黒い鳥が啼いています。
→次の夜
別の自分
DATE: 07/23/2009 23:59:58
昨日の日食から何か様子がおかしいような気がします。
一昨日までと全く同じに見えていますが、実は何かが変わってしまったように感じます。
太陽が隠れている間に、世界がよく似た別の世界とすり替えられてしまったのではないでしょうか。
私自身も、一昨日とは違った自分になってしまっているような気がしてなりません。今まで、いつでも体が重く、疲れが抜けなかったのに、今日の私は体が軽くて階段の上り下りも少しも苦になりません。まるで、まったく別の人間になったかのようです。
ただ、視野の真ん中に白い点がいつでもつきまとっていて、何を見るにしても煩わしくてなりません。昨日、日食を見ている最中に、何かが私の中に入ってきたのでしょうか。
明後日は、あの人と能を見に行く約束になっています。もう二ヶ月も前に買ってもらったチケットを、時々引き出しから出しては、明後日のことを楽しみにしていたのです。
そんな気分の中で、この白い点だけが悩みの種です。
こうして書いていても、文字の真ん中に白い点がつきまとって、書き続けるのに根気が要ります。
明後日に備えて今日はもう布団に入ろうと思います。
→次の夜
広い家
DATE: 07/24/2009 23:27:01
庭の木の黒い鳥が夜中に気味の悪い声を出すものだから、驚いて目を覚ましてそのまま朝まで眠ることができませんでした。この季節は四時ともなると明るくなるので、仕方なしに布団から起き出しましたが、雨が時折強く降ったりするような天候のため、散歩にもでかけることができません。
外より薄暗い部屋の中で、電気を点けるのも無駄のように思えて、次第に明るくなっていく様子を眺めていると、この家の中にたった一人でいるのだ、ということを改めて感じました。
これだから、早く目が覚めてしまうことは嫌のなのです。祖父が亡くなってから、あまりそのことは意識することはありませんでしたが、日々の生活の中のこうしたぽっかりと抜けてしまった時間に、不意に一人なのだ、ということが強く自分に迫ってきます。
そうなると、もうこの家が広くて広くて、私がいるべき場所がどこにもないように広く感じられます。
そういう蟻地獄にはまりこまないように、テレビを点けて、食べるかどうかもわからない煮物を熱心に作ってみたりします。そんなことをしている間に、世界は目を覚まし、人の気配が街に立ち上がってきます。そうなると、もう大丈夫です。
私は、明日のことを思いながら、買い物にでかけることにしました。
それはそうと、あの黒い鳥が庭の木に居着いてしまっては困ります。何か良い方法はないものかと思案しながら、でも気持ちはあっという間に明日のことへと飛んでいってしまいます。
今夜は早く休まないといけないでしょう。
→次の日
サンドウィッチ
DATE: 07/25/2009 14:54:36
目を覚ますと強い風の音が聞こえます。窓を開けると青空が見えて、今日は暑くなりそうです。
久しぶりの晴れ間なので、洗濯をしてみたり、家の空気を入れ換えたりするのですが、気が急いて仕方ありません。今日は、あの人と能を見に行く日だからです。
夕方の六時にS駅の改札口で待ち合わせなのですが、午前中からそわそわしてしまって、気持ちがひとところにとどまっていません。
お昼ご飯の支度をしながら、サンドウィッチかなにか持って行った方がよいのではないかと思い、近所のパン屋に出かけて買ってきたものの、いざ作り始めると、そんなものはかえって負担になるのではないかと思い直し、結局ラップして冷蔵庫にしまい込んでみたり、本当にまったく無駄なことばかりして時間が過ぎていく始末です。
そうこうしている間に、身支度を整える時間になり、なんだか慌ただしいうちに家を出なくてはならなくなりました。
葵の上
DATE: 07/25/2009 23:09:48
S駅に着いたのは六時十五分前でした。焦って出てきたものの、結局は早めに到着することになりました。
あの人は、いつでも待ち合わせの五分前には到着します。今日もそうでした。
改札の向こうに現れたあの人は、病院の白衣とは違ったあっさりした上着を羽織り、私に手を振って改札を通ってきました。
そして、その後ろには、淡い青色のワンピースを着た彼女がついてきていました。
当然のことです。彼女は、あの人の婚約者ですし、今日彼女が一緒だということは、わざわざ話すまでもなく当たり前のことです。
それに彼女はとても可愛らしいし、気だてもよく、私が一緒でも少しもいやな顔を見せません。それどころか、時にはあの人よりも私の方が好きだと言ったりする始末です。もちろん、そんなことは冗談だとわかっているものの、彼女の醸し出す独特の柔らかい空気に触れていると、そんな冗談さえも幸せなものに感じられます。
でも、それでも、彼女はあの人の婚約者なのです。
能を見るのは久しぶりでした。子供の頃に、祖父がよく連れて行ってくれましたが、子供の私には、能はすべて同じようにしか思えず、退屈なものでした。
ほとんどの演目は忘れてしまいましたが、一つだけ印象に残っている演目がありました。けれど、それがどんな話だったのか、残念ながらまったく覚えていません。ただ、それが蝋燭の光だけで演じられていた、なにやら恐ろしい内容だったことだけは覚えています。
ところが、今日の能の演目はなんとなく私の記憶に残っていたあの作品だったのではないでしょうか。
題名は、「葵の上」。
恐ろしい、
話でした。
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あのお面
DATE: 07/26/2009 23:09:06
昨日、能舞台を見た後、二人と別れた私は、夜になっても蒸し暑い街の中を歩き回りました。
私はどうしても家に帰る気になれなかったのです。
正確に言えば、家に帰るのが恐ろしかったのです。
歩き回りながら、家に帰るべきか迷っていましたが、結局一晩だけホテルに泊まることにしました。
ホテルの一室に入った私は、汗を洗い流しもせずにそのままベッドに倒れ込みました。
その姿勢のまま、「葵の上」のあの舞台を思い出していました。
橋がかりに姿を現したあの女…。その姿を目にした瞬間、私は息を呑んでいました。
あのお面です。
あのお面がうっすらと微笑みを浮かべながら、客席に座っている私を目指して進んできたのです。
私は混乱し、恐怖のために体が震え始めました。
そこで演じられた内容は、今は思い出すことができません。
ただ、時々舞台の上から私に視線を投げかける、あの女の顔だけはいつまでたっても脳裏を離れません。
今夜は家に帰って、テレビの音量を大きくし、部屋の灯りをできるだけ沢山点けています。
この家には、私一人しかいないはずです。でも、ずっと離れた奥の部屋から、何か声が聞こえてきるような気がしてならないのです。
そんな気がするのは、昨日、あの能を見てしまったからにちがいありません。
「葵の上」に現れたあのお面。
あのお面は、この家の奥の部屋に飾られているお面と同じものでした。
そして、それは、決して手にとってはならないと言われています。
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泥眼
DATE: 07/27/2009 23:17:40
あの部屋には、行かない方はいいのです。
決して、行ってはいけなのです。
けれども、「葵の上」の舞台を思い出すと、あのお面が見たくてたまらなくなります。
泥眼と名付けられたあのお面は、目の部分が金色の女性の怨霊面です。
生き霊が取り憑く時の面ですから恐ろしいはずですが、一昨日見た「葵の上」に出てくる泥眼は、実に美しい面でした。
けれど、私の記憶ではこの家の奥の部屋にある泥眼の面は、それよりも遙かに美しい面のはずです。
時に恐ろしいものの方が、美しさを輝かせる場合があります。
夜になって昼間の風も収まり、窓を開けてもちっとも空気が部屋に入ってきません。
不用心なのですが、もうしばらく縁側のガラス戸は開けたままにしておきます。
閉め切ると、奥の部屋から人の声のようなものが聞こえてくるからです。
それは、私を誘っているのかもしれません。
蚊取り線香が終わりかけたので、新しい物に変えて、それからもう少し外の音を聞いて気分を紛らわせておきましょう。
→次の夜
遺品整理
DATE: 07/28/2009 23:42:42
小さい頃から暑さに弱く、日差しの強いところや蒸し暑いところに長い時間いると目眩がして具合が悪くなってしまいます。
先週、病院に行って、その時はよかったのですが、その後一向に良くなる気配がありません。
病院へ行こうかとも思ったのですが、先週行ったばかりで迷惑になってしまうことでしょう。今日はやめておくことにしました。
布団から起き上がれずに午後を迎えると、お手伝いのJ子さんがやってきました。ちょうど良かったので、そのままお昼ご飯を作ってもらいました。J子さんの料理は、少し味付けが濃いのが難点ですが、それを除けば栄養バランスもよく文句はありません。
具合の悪いときは、ご飯の炊ける匂いで気分が悪くなってしまうので、今日はうどんを茹でてもらうことにしました。
茹で上がったうどんを冷やして、そこに胡瓜や揚げ玉などをあしらってもらうと、ようやく食欲も沸いてきました。
食後、J子さんが祖父の遺品整理を手伝ってくれることになりました。学者だった祖父の遺品は膨大で、本に限らず、昆虫や鉱石のコレクション、器や掛け軸などの骨董など、貴重な物ばかりです。ただ、本人にとって貴重なもののほとんどは、私には一向に価値のわからないものばかりです
遺品整理は、他人がいた方が捗ると言います。他人なら、必要な物と不要な物がはっきりわかるからでしょう。私にとって、J子さんはそんな存在です。
遺品を整理していくと、祖父のことが思い出されてつい立ち止まってあの頃に時間を戻してしまいがちです。J子さんとおしゃべりをしながら進めていくと、そんな時間の逆戻りが減って仕事が捗ることが気持ちよく感じられます。
手を動かしているとだんだん体が軽くなってきましたが、油断してはなりません。あまり根を詰めてまたぶり返すといけないので、夕方になる前に一区切りつけました。
こうやって、少しずつ祖父の気配を減らしていくことが、生きていく者にとっては必要な作業なのです。
→次の夜
橋がかり
DATE: 07/29/2009 23:27:59
今朝は、橋の夢を見て目を覚ましてしまいました。
空はうっすらと光を感じさせる夜明け前、庭はまだ闇に包まれていて、そこに強い風の音が響いていました。その風の音が、たったいま見ていた夢を、うつつへと地続きに導いていきます。
私は、体調が悪くなると、決まって橋の夢を見ます。
土曜日に、あの人と見に行った能舞台と、昨日の祖父の遺品整理が頭の中で一緒になり、そこに体調の悪さが加わって、久しぶりに見てしまったのかもしれません。
いつでも、橋の夢は恐ろしい夢です。
子供の頃、祖父に連れられて見に行った能で、登場人物は橋がかりを通って現れます。ある時、退屈そうにしていた私の興味を引き起こさせようとしたのでしょう、祖父が橋がかりから現れた登場人物を見て私の耳に囁きました。
見てごらん。あそこは橋がかりと言って、あの世とこの世を繋ぐ橋なんだ。だから、あの橋を渡ってやってくる人は、本当は人じゃなくて幽霊なんだよ。
私の退屈さが吹き飛んだのは言うまでもありません。けれど、祖父の目論みのように私は能に興味を持ったわけではなく、私はただそこに現れる登場人物に恐怖を感じたのです。
小面も般若も、すべて幽霊ということであれば、それらは私にとっては橋を渡ってやってくる恐ろしい存在でしかありません。
土曜日に見た「葵の上」で、光源氏を愛する六条御息所が、嫉妬に駆られて生き霊となり葵の上のもとに訪れる時も、橋がかりから現れます。それは、やはり恐ろしい光景でした。
橋は、今でも私にとって恐ろしいものです。
夜明け前に目覚めてしまうと、再び眠りにつけるのは稀なことです。
そのまま、布団に入っていると余りよいことはありません。大体の場合、考えなくてもよいことを考えてしまいます。
さいわい、雨も降っていなかったので、少し外を歩くことにしました。
軽い靴を履いて玄関を開けるとき、私は両手の親指を内側に入れて手を握ります。それは、祖父から橋の話を聞いたあの日から、私が行っている魔除けの儀式です。
なぜなら、玄関を開けた私の家の前には、橋が架かっているからです。
→次の夜
夕暮れの電話
DATE: 07/30/2009 23:36:39
今日は本当に暑くて、少し買い物に出かけただけで、ぐったりと疲れてしまいました。
具合もあまり良くないので、風の通る部屋で籐の椅子に座って自家製の梅のジュースを飲みながら、体の熱が冷めていくまでM.M.の書いた小説を読んで過ごしました。
ようやく椅子から立ち上がれるようになったのは、薄暮の時間です。
部屋の中はずいぶんと暗いのに、縁側に出るとまだ空には明るさが残っていて、庭も薄明かりに木々が浮かび上がっています。
そこに何か気になるものがあるような気がして庭に降りてみようとしたのですが、このところ雨がちだったため庭用の履き物を下駄箱にしまっていました。
取りに行こうとしたときに、電話が鳴りました。
あの人からの突然の電話でした。
そんなことは滅多にあることではないのでたいそう驚いてしまって、果たして私がどのような受け答えをしたのか、今でもうまく思い出すことができません。
土曜日の能の後、やはり具合が悪そうだったことが気になっていたようです。一昨日病院に顔を出すかと待っていたのに来なかったので、心配になって電話をしてくれたようです。
どのような内容であれ、電話をもらったことが嬉しくて、もう20代半ばだというのに何だか女子高校生のように心が浮き立ってしまいました。
先ほどまでの気分の悪さや数日間続いていた体調の悪さが、この電話で一気に解消されてしまいました。
人間の体というものは、こんなにも如実に心の影響を受けるものなのでしょうか。そのことが、嬉しくて、不思議です。
→次の夜
ある秋の遺品
DATE: 07/31/2009 23:05:36
明け方は思いのほか冷えて、少し遅い朝ご飯の時間になっても涼しいままです。昨日よりもずいぶんと過ごしやすく、ああ一息つける、と楽な気持ちになりました。
昨日買った鱈の粕漬けを焼いて食卓に載せると、なんだかお腹が鳴るような感じがして、普段はおかわりなどしないのに、ご飯をもう一度よそったりしていました。
暑くなってしまうと、掃除をするにも片付けをするにもいちいちが大変です。
今日はお手伝いのJ子さんがこないけれど、涼しいうちに少しでも進めておこうと、祖父の遺品整理を始めました。
祖父はとりあえず興味を持ったものは取っておく習性があったので、昆虫や鉱石など几帳面に整理、分類されているもののほかに、まったく手をつけていない未整理なものが相当な量残されていました。祖父が、興味を持ったものを几帳面に整理する労力と時間を考えると、それらの手つかずのものをすべて整理しようとすれば、おそらく祖父の人生をあと三回は繰り返さないと済まないことになるでしょう。
祖父の収集の方法は少し特殊でした。まず、同じ箱を大量に買い込んでおいて、そこに興味のあるものや気にかかったものを次々と放り込んでいきます。その箱がいっぱいになると日付を書いて箱を閉じ、次の新しい箱を組み立てるとまた同じように放り込んでいきます。
分類方法はただひとつ。時間に沿っているだけです。
けれど、それが祖父にとっては最も有効な収集の方法だったようです。日付を書いたその下には、その期間の出来事が何の脈略もなく記されています。たとえば、「落ち葉」「紅玉」「眼鏡」「屋根葺き替え」「芋煮」というように。
秋の時期だったのでしょう。冬に備えて屋根を葺き替えたり、おいしい林檎の紅玉をもらったりしたのかもしれません。
それらの出来事と時期を書いておくことによって、祖父の頭の中ではその箱の中に何が入っているのか記憶されていたのです。
ただ、それは祖父だけが持っている記憶の方法です。残された私には、何のことなのか全く理解できません。
そのため、遺品整理をする私は、ただひたすら順番に箱を開けていくしかないのです。けれど、順番に箱を開け続けていると、時々祖父の人生を一緒に体験していたかのような奇妙な錯覚を覚えることがあります。まるで、若い頃の祖父とずっと一緒に暮らしていたかのような、おかしな感覚です。そんな感覚に陥ると、次の箱にどんなものが入っているのかわかるようなことがあります。次第に祖父と嗜好が似てくるせいなのかもしれません。
そんな時は、部屋を出て庭を眺めたりして気分を変えてみたりすることが必要です。
J子さんがいない今日のような日は、あまり長いことこの作業は続けない方がよいかもしれません。
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