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桐夫のブログ 2007.07


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約束を断る

dr-kilio 2007/07/01 22:17:15

 

しばらく高熱にうなされていたせいか、起きていても現実感が希薄だ。
熱は下がったが、地面から体が少し浮いている感じがする。
今日は以前から約束があり、大学時代の友人たちと6時に銀座で食事をすることになっていた。
3時頃に、断りの電話を入れる。
実は、少し奇妙な感覚にとらわれていた。
以前の私より、この集まりに積極的に参加したいという気持ちが盛り上がっていたのだ。
この感覚に、自分自身とまどってしまった。
何故、こんな積極性が生まれてきたのか? 自分でもしっくり来ない。
その答えがみつからなかったことが、断る最大の理由だったのだ。
いま行ったら、何かをしでかしそうな気配が、自分の中にあったのかもしれない。
でも、何を…?
 
熱は下がったものの体力は落ちているので、粥と梅干しで食事を済ます。
2時間後に、無性に油を使った料理が食べたくなる。体力が回復してきたためだろう。
あれの違和感が取れない。
 
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久しぶりの出勤

dr-kilio 2007/07/02 21:47:41

 

今日から病院に出勤することにした。
ただ、まだ完全に体調が戻ったわけではないので、午後の診察だけにしてもらう。
診療器具の1本1本の輝きが、新鮮に感じられる。
初心に戻ったようで、悪くない気分だ。
診療に入るときは緊張した。
患者の口の中をのぞき込むとき、一週間前のあの女のことを思い出して激しく動揺するのではないかと、不安だったのだ。
けれど、思ったほどのこともなく、診察を無事済ますことができた。
気がつくと、歯の裏のあれを舌の先でなぞっている。
この行為をすると落ち着くことに最近気がついた。
いつもより早めに家に帰る。
体が欲していると思い、チキンをボイルしてサラダと一緒に食べる。
ここのところ、肉を口にしていなかったので、実に美味。
 
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ひどい胸やけ

dr-kilio 2007/07/03 21:40:33

 

朝起きたら、ひどい胸やけにおそわれる。
ここ何年も、このようなことはなかったのだが。
やはり、昨日のチキンが悪かったのかもしれない。体調も万全ではない。
午前の診療の間、胃が痛む。
歯科助手のKが以前から胃が弱いことをこぼしていたのを思い出し、胃薬をもらう。一時的には治るが、2時間ほどで痛み始める。
毎月第1週の火曜日は髪の毛を整えに行く日と決めている。時間も午後6時と決まっているので、予約していなくても理髪店に行くと私を待っていてくれる。
今日はあまり気が進まなかった。断りの電話を入れるにも電話番号がわからず、仕方なく6時20分くらいに店に行く。
「どうしました?」と聞くので、「歯科技師と話していたら遅くなった」と答えた。
すると、そうではないと言う。「痩せたんじゃないですか?」と主人は言うのだ。
そして、いつもどおり髪を整えてもらっていると、主人はしきりに小首を傾げて「髪質が変わりましたね」と不思議そうな顔をした。
以前より髪の毛が太くなっているらしい。短期間でこんなに変わるのは、とても珍しいことだと言われた。
そんな話をしている間も、私は口の中のあれの方がずっと気になっていた。
 
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頻繁な消毒

dr-kilio 2007/07/04 22:13:32

 

歯科助手が盛んに器具を消毒するので、昼休みに尋ねてみた。
なんと、その理由は私にあった。
時間が空いたときに、器具を手で弄んでいるらしい。確かにそれでは消毒をしなくてはなるまい。
けれど、いつからそんな癖が始まったのか。
帰りにスポーツ紙を買う。スポーツ紙を買ったのは初めてだ。
 
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誰かが入り込んだ!

dr-kilio 2007/07/05 21:53:00

 

誰かが、この部屋に入り込んだ!
 
少し前から、気になっていた。物の配置が少しずれていることがあるのだ。食器などが、普段とは違う向きで置いてあったりすることがこれまで2〜3回あった。
けれど、今回は決定的だった。
朝、ゴミを出そうとゴミ箱を開けたところ、見たこともないフライドチキンの空き箱が捨ててあったのだ。
もちろん、フライドチキンなどここ何年も食べていない。そんなものが、この部屋の中にあるはずがないのだ。
警察に言うべきか迷うが、この程度の証拠で警察が動くとは思えない。また、朝の忙しい時間の中、警察を呼ぶような余裕もない。
でも、誰かが、この部屋に入り込んでいるのだ!
昼休みに管理人に電話をして鍵の交換を依頼する。
夜、業者が鍵を交換。これで安心だ。
 
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抜糸

dr-kilio 2007/07/06 21:56:41

 

朝、部屋に誰か他人の痕跡が残っていないか気になったが、そのような気配はない。安心する。
抜糸の日。
あの女に噛まれた指の傷の抜糸を行う。
抜糸が終わって、初めて傷跡を確認した。
外科医の言ったとおり、歯形は3列についていた。
狂騒状態に陥った私をあざ笑うように笑い続けた女の顔が、思い出された。 
そして女の、見たこともない歯形は、刻印のように私の指に残っている。
なるべく傷跡を見ないようにしているが、気がつくとその歯形を眺めている。
不愉快なのに、何故見てしまうのかがわからない。
舌の先で口の中のあれをなぞって安心する。
 
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明け方に悪寒

dr-kilio 2007/07/07 23:15:13

 

明け方に悪寒に襲われて目を覚ます。
背中から肩にかけて、締め付けるように寒気が襲ってくる。今まで体験したこともないような感覚で、布団にくるまっても震えが止まらない。
1時間くらいそのような状態が続き、やがて治まってくるのと一緒に、いつのまにか眠ってしまった。
夢の中で、あの女が自分の目の前で笑っていた。その様子が生々しく、起きてからもあたかも現実のように思い出される。
嫌な気分をぬぐい去ろうと、何度も顔を洗ったが、水の冷たさが去るとともに、また思い出されてくる。
お昼に食べたご飯のなかに、何か異物をみつける。小さい石か何かが入っていると思って舌で口の中を探ったが、そうではなかった。
歯の裏のあれが、少し成長していたのだ!
けれど、成長するということは一体…?
七夕が終わったので、待合室に置いてあった笹飾りを片づけるように指示。なんとなく手を貸す。
歯科助手から「先生、いいことあったんですか」と声を掛けられる。
何故か、午後から気分がよい。
願い事を書いた短冊をまとめて捨てる。
清々しい気分のまま、良い週末になりそうだ。
 
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これは歯だ!

dr-kilio 2007/07/08 21:17:04

 

今日、気がついた。
これは、歯だ!
前歯の裏にあった異物が、起きたら明らかに歯の形状になっていた。
舌で触って確かめ、鏡で覗いて確かめた。確かに、これは歯だ。
しかも、あの女と同じ場所に、同じように生えている。
こんな場所に歯が生えてくるような症例を見たことがない。
けれど、以前感じたような嫌な気分にならないことが不思議だ。
きれいな歯並びの裏に、誰も知らない1本の歯があることが、特別な秘密を持ったようで、むしろ少し浮き立つ気分だ。
午後、街に出てオープンカフェで本を読む。けれど、本には集中できず、目の前を通り過ぎていく通行人を眺める。その時、前歯の裏の29本目の歯を舌で撫でている。
誰も、そんな歯を持っていることを知らないことが、自分の中で楽しくて仕方ない。
確かに、昨日から気分が浮き立っている。
 
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また

dr-kilio 2007/07/09 23:45:01

 

誰かが、またこの部屋に入っている!
朝起きると、キッチンに見たこともない缶詰やハムなどの残骸が散乱していた。
明らかに、私が眠っている間に、誰かが忍び込んで食べ散らかしたのだ。
取っておいたワインが開けられ、半分ほど飲まれている。本棚の本が、何冊か抜き出され、机の上に置かれている。花瓶の花が抜き取られ、冷蔵庫に入れられている。
一体、どんな目的でこのようなことをするのか、皆目見当がつかない。
いずれにしても、鍵を変えたばかりなのに、どのようにしてこの部屋に入ったのか?
気味が悪いまま、時間が迫っていたので、そのまま病院に出る。
家の中のことが気になって仕方ない。
気持ちを落ち着かせるために、いつのまにか29本目の歯を舌でなぞっている。
家に帰ると、朝出たままの状態で、少し安心する。が、部屋に動物の匂いが立ちこめているような気がして、窓を開けて部屋の中を掃除。
散乱した物を片づけ、見慣れた室内に戻ると少し安心する。
けれど、今夜も誰かがやってくるのだろうか?
 
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本の返却

dr-kilio 2007/07/10 22:24:28

 

友人のYが、M.K.の本を返してくれるというのでイタリアンレストランで食事。
ひとしきり、本の内容で盛り上がる。
その本の中に、人間の歯は親知らずを除いて、昔は28本以上あったという記述があり、それが興味深いという話になる。
その後、Yに何度も、雰囲気が変わったと言われる。
まず、食べるものが違ってきている、というのだ。
確かに、以前は肉類をほとんど口にしなかったが、今日は友人と同じように食べた。それが、非常に不思議らしい。
自分でも不思議だ。けれど、違和感はない。
少しアルコールが回り、誰かが部屋に入ってきているらしい、という話をしてみた。
Yは俄然興味を示し、今度泊まりに行くと言う。
断る理由もない。学生時代に戻ったようで、それも楽しそうだ。
約束を交わして別れる。
帰宅後、部屋が荒らされた様子もなく、ひと安心。
ただ、長い髪の毛が1本落ちていたのが気にかかる。
部屋の中の動物の匂いは、まだ消えていない。
窓を開ける。
 
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全集とネズミの死体

dr-kilio 2007/07/11 22:32:24

 

昨日、Yから返してもらった本は、全29巻の全集のうちの1冊。背表紙が白く、並んでいると美しい全集なのだ。
美しいだけに、歯抜けのように1冊抜けていると、その部分が気にかかり本棚全体が落ち着かなかった。
帰ってきた本を戻そうとして驚いた。
全集の白い背表紙の下の方に、赤いシミがついている。
よく見ると、28冊すべてに赤いシミがついている。
1冊を抜き出すと、シミは背表紙から奥へ行くほどひどくなっており、本を開こうとしても開くことができない。
もう1冊抜き出したら、動物のにおいが広がった。
本を抜き出した空間の奥に、何かの影が見えた。一瞬、人間の目のようなものがこちらをじっと見ていたように感じた。
けれど、本棚には背板があり、その裏は壁になっている。そんな空間に人が入れるわけがない。
人の影は錯覚だったが、確かにそこには異物があった。
なんと、ネズミの死体があったのだ!
しかも、前回とは違って、明らかに何者かによって殺されたネズミの死体。
その死体から流れ出た血によって、28冊の全集には赤いシミがついてしまっていたのだ。
早く掃除をしなくては、と気が焦っていたのか、気がつくとネズミの死骸を直接手で持ち歩いていた。
部屋の見えないところまで、何者かが荒らしている。より一層、不気味だ。
本棚は掃除できたが、血が染みついた本はどうにもならない。
捨てるしかないので、ポリ袋に入れる。
Yに貸していた29巻目だけが、本棚に残った。
 
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女受刑者が…

dr-kilio 2007/07/12 22:10:06

 

昼、携帯電話に連絡が入る。
私に噛みついた女受刑者が、7日の明け方に房内で自殺していた、というのだ。
少なからずショックを受ける。
私に噛みついた後、笑い続けていた女の顔が何度も頭をよぎる。
7日に見た悪夢を思い出していた。
動揺して午後の診療を続けるのは難しいと思ったが、あの歯を舌の先で触れていると心が落ち着いた。
午後は、ずっとあの歯に触れていたような気がする。
診療が終わると、大きな疲れが襲いかかってきた。
ここ何日もの間の不思議な現象。あれは、女受刑者の仕業かもしれない。
鍵を替えたにもかかわらず、誰かが忍び込んでいる形跡があったのは、死んだ女が霊となったせいなのだろうか。
そんなことをじっと考え込んでいると、電話が鳴った。
先日、鍵を交換した業者からで、お守りをそちらに落としてきたのではないか、というのだ。
もちろん、そんなものは見ていない。
いつになくぞんざいに電話を切る。
 
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仕方がない

dr-kilio 2007/07/13 23:02:51

 

朝起きると、家の中に死体があった。
明らかに何者かによって殺された死体。
私の患者だったある男の死体だ。
間違いない。あの女の仕業だ。
あの女の霊が、この屋敷の中を歩き回っているのだ。
けれど、警察に言ったところで、何の解決にもならない。
歯の裏の29本目の歯を舌で触りながら、死体を邪魔にならない場所に移動して出勤した。
病院で、今日は13日の金曜日だと知る。
13日の金曜日なら、しかたがない。
 
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28+1

dr-kilio 2007/07/14 23:20:26

 

台風が近づいている。
帰りに一人でステーキを食べる。
ステーキ店に一人で入るのは初めての経験だ。
帰り道は遠回りして、川沿いの道を歩く。
川の水かさが増し、ゴウゴウと音を立てて流れている。
そうだ、今夜は新月だと、誰かが言っていたのを思い出す。
台風が近づいている新月の夜。奇妙な高揚感が私の中にわき上がってきた。
あの歯が疼くのを感じて、外灯がまばらな暗い道の真ん中に立ち止まり、しばらくそのままでいた。
やがて、歯が疼くのは消えた。
歯が伸びきったのだ。自分で、それが感じ取れた。
暗闇が、一層深く感じられる。
帰宅しても、死体はそこにそのままの状態である。
当たり前のことだ。
廊下の奥を女の影が横切る。
帰宅するまで、死体と何かをしていたのかもしれない。
 
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中から歯が

dr-kilio 2007/07/15 22:56:09

 

明け方に女の霊が耳元でささやく。
「ようこそ」
心臓の鼓動が高まって、それから眠れなくなってしまう。
女の言葉の意味がわからない。
部屋の中を歩くときに、死体にひっかかりつまずきそうになる。やはり、少し動いているのかもしれない。
夕方、下駄箱を開けて新しい靴を出そうとすると、その中にお守りが入っていることに気づく。
先日、鍵の業者の言っていたお守りに違いない。
けれど、いま誰もこの家に入れたくない。
業者に電話するのはやめる。
が、お守りだということも気にかかる。
帰宅してから、どうしても気になってお守りを開けてみた。
中に、1本の歯が入っていた。
 
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部屋の掃除

dr-kilio 2007/07/16 22:44:57

 

今日も休日。
室内に掃除機をかける。
溜まったゴミを出そうとすると、そこには女の長い髪の毛がいっぱい詰まっていた。
死体が家の中に置かれてから、女の気配はいよいよ濃厚になってきた。
以前ゴミ箱に捨てられていたフライドチキンを思い出し、食べたくなって、わざわざ買いに行く。
家まで待てず、公園のベンチで食べた。
きれいに骨だけが残ったので、それを花壇に埋める。
帰りに、口の広い瓶を1本買う。
帰宅して、お守りから歯を出すと、その瓶の中に入れる。
白く美しい歯だ。
 
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テレビに映る霊

dr-kilio 2007/07/17 22:03:20

 

帰宅して服を脱ごうとしたら、ポケットの中に固いものが触れた。
取り出してみると、それは2本の歯だった。
今日治療した患者の歯を、うっかり持って帰ってきたらしい。
広口瓶に入れて、しばらく眺める。
夕飯後、テレビで映画を見ていたら、その中の女優の顔があの女の顔に変わった。
画面越しに私に語りかけてくる。
「もうじきやってくる…」
画面に映った女の顔も不気味だったが、言っている意味もわからない。
その直後、鍵の業者から再び電話が入る。
何となくお守りのことは言わず、そのまま切る。
 
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矯正と父の言葉

dr-kilio 2007/07/18 22:03:04

 

小学生のHくんの診察の日。
歯の矯正は順調に進んでいる。
「いつまで続けないといけないの」と聞かれる。
私も同じ質問を何回も父親にした。
「整然とした秩序は健全な精神を生む。部屋の中が散らかるのには時間はかからないが、部屋の中を整理するには時間がかかる」
混沌とした部屋は混沌とした頭脳の表出だ。
父親の言っていた言葉を思い出す。
整然とした部屋を保つことは簡単だ。
手を触れたとしたら、その時必ず同じ状態に戻すことだ。
取り出したものは、元あった場所に戻すこと。
T線の架線事故の日のことを思い出していた。
使い慣れた歯鏡が、あるべき場所になかった。
元あった場所にそのものがなかったことが、整然とした秩序を狂わせ、混沌を生み出し始めている。
Hくんは続けて「先生のようなきれいな歯になれるの?」と聞いてくる。
「もちろんだよ」と答えた。
が、Hくんは私の歯の裏にある、あの歯のことは知らないのだ。
そう思うと、少し高揚する。
 
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死体の蛾

dr-kilio 2007/07/19 21:09:15

 

夕方には家に帰ることができたので、月曜日にやり残した場所の掃除をする。
廊下の突き当たりに置いてあった死体の顔が、不意に動く。
恐る恐る近づいてよく見ると、手のひらもあるような大きな蛾が死体の顔の上に留まっている。
窓から入ってきたらしい。
顔の上で潰そうと近づくと、気配を察知したのか、私の顔の脇をかすめて上の梁に留まってしまった。
悔しいがどうしようもない。
蛾が留まってから、急に死体の存在感が増したような気がする。
なんとか、死体の処理を考えなくてはなるまい。
このままでは私が疑われるのは目に見えている。このような状況で、幽霊の仕業だと言ったところで一体誰が信じるだろうか。
かと言って、死体を処分するのも道理に合わない。
自分が殺したわけでもない死体を、何故私が人目につかないところに埋めたりしなくてはならないのだろうか。
とりあえず、死体に防腐処理を施す。
作業の最中に、Yから電話。
今週末に泊まりに行きたい、という内容である。
困惑する。
先週会って以来連絡がなかったのでそのままにしていたが、どうやらあれは酒が入ったことでの発言ではなく、本気で考えているらしい。
当然、いま家に上げるわけにはいかない。
いまは手が離せないから、明日電話してくれ、と言って電話を切る。
どのように断ったらよいものか、思案に暮れる。
死体の処置が終わった後、ポテトチップスを大量に食べる。
まわりについている塩が、鱗粉のように見える。
 
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Kilioの日記

dr-kilio 2007/07/20 21:28:13

 

昨日掃除をしたのに、今朝見ると、居間の隅に小学生の頃つけていた日記が落ちていた。
もう10年以上見たこともない日記だ。そんな場所に、不意にあるわけもない。
あの女が、何かを私に見せようとして置いたに違いない。
無視することに決め、そのまま気付かないふりをして通り過ぎようとした。
その時、目の片隅に入ったのが、日記の表紙だ。
英字で自分の名前が書いてある。
覚えたばかりの英字で、「Ki.lio」と書いている。
「r」ではなく、何故「l」を使ったのだろうか。
「Ki」と「lio」を、何故区切ったのだろうか。
昼休みにYから電話。
やはり学生時代の友人であるIを誘って、明日一緒に泊まりにくると言う。
咄嗟に、明日は以前からの約束で、東京にいないと話をする。
Yは非常に残念がるが、仕方がない。
話しながら、あの歯が疼くのを感じていた。
Yのことだから、来週には忘れているだろう。

 


 

Kilioの日記

dr-kilio 2007/07/20 22:14:19

 

昨日掃除をしたのに、今朝見ると、居間の隅に小学生の頃つけていた日記が落ちていた。
もう10年以上見たこともない日記だ。そんな場所に、不意にあるわけもない。
あの女が、何かを私に見せようとして置いたに違いない。
無視することに決め、そのまま気付かないふりをして通り過ぎようとした。
その時、目の片隅に入ったのが、日記の表紙だ。
英字で自分の名前が書いてある。
覚えたばかりの英字で、「Ki.lio」と書いている。
「r」ではなく、何故「l」を使ったのだろうか。
「Ki」と「lio」は、何故区切られているのだろうか。
昼休みにYから電話。
やはり学生時代の友人であるIを誘って、明日一緒に泊まりにくると言う。
咄嗟に、明日は以前からの約束で、東京にいないと話をする。
Yは非常に残念がるが、仕方がない。
話しながら、あの歯が疼くのを感じていた。
Yのことだから、来週には忘れているだろう。
 
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24時間監視カメラ

dr-kilio 2007/07/21 21:56:55

 

午後には病院を出て、その足で秋葉原へ買い物に出かける。
今日から夏休みに入ったせいか、電車の中は中高生の姿が目につく。
秋葉原は、一度も降りたことがないため、その賑わいや独特な雰囲気に圧倒されてしまう。
昨日、ネットで調べておいたAという店に向かって歩いた。
今日は、監視カメラを買う予定だ。
このところ少し治まってはいるが、女の霊の気配は時々感じる。
その姿を撮影することができれば、死体の説明もつくだろう。
そう思って、監視用のカメラを2台くらい、家の中に設置することにしたのだ。
応対してくれた店員の方のアドバイスに従って、カメラ2台だけではなく、赤外線の投光器も買うことにした。
カメラの付近が真っ暗でも、赤外線投光器があれば十分に撮影ができるためだ。
カメラはインターネットに繋いで、24時間見られるようにお願いした。
これで、私は病院からでも誰もいない家の中を見ることができる。
設置の日程や、それまでに準備しておかなくてはならないことを打ち合わせて店を出る。
秋葉原の街が新鮮で、あちらこちら歩き回るうちに、いつしか小川町の方に出てしまい夕方となる。
あんこうの肝を食べて帰宅。
知らない電話番号から、3回電話が入っていた記録がある。
床の日記が気にかかる。
 
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Yにばれた

dr-kilio 2007/07/22 23:02:06

 

いつになく平穏な休日。自分の中で、気持ちが乱れるようなこともない。
昨日のあんこうが体の隅々まで行き渡り、私の神経を平静にしているのだろうか。
ゆっくりと家の中を巡り、監視カメラの設置場所を探して時間を過ごした。
けれど、それも夕方までだった。
夕飯前にYから電話。
昨日、秋葉原で私の姿を見かけたという。
運の悪いことに、たまたま目撃されていたらしい。
昨日は東京にいない、という理由でYがここに来ることを断っていたため、つぎのいいわけがうまく出てこない。
人違いだろう、と言ったが、Yに疑いを持たれてしまった。
自分が納得するまで引き下がらないYの性格のため、この電話は不愉快に長引いてしまった。
Yが納得していないのは明らかだ。
最後に、「それじゃ、次の週末に」と言って電話を切られる。
断る理由がみつけられず、今度も直前に断るしかあるまい。
その後は、気持ちが落ち着かず、家の中を理由もなくうろつき回る。
Yの言葉を反芻して、そのたびに自分の対応のまずさが気にかかる。
部屋を片づけては手を止めることを繰り返し、とりとめもない。
面倒なことにならなければ良いのだが。
夕飯を食べていないことを思い出して、冷凍庫を探すと、見たこともない肉があったので解凍してソテーにする。
何の肉の味なのか、わからない。
 
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半月の夜、死体を隠す

dr-kilio 2007/07/23 22:23:45

 

いつのまにか、広口瓶の中の歯が増えている。
今日気がついて数えてみたら、9本あった。
最初の1本は鍵屋のお守りに入っていた歯だが、それ以外は、一体誰の歯だろう?
無意識のうちに、病院から持って帰っているのだろうか?
このところ、自分の行動で記憶から抜けていることがある。
近いうちに監視カメラの設置工事が入るため、死体をどこに隠そうかと考える。
結局、クローゼットにしまうことにする。
死体は想像していたよりはるかに重く、一人で運ぶのに難渋する。
足を持って引きずって歩く途中、敷居を死体の頭が通り過ぎるときのゴツンという衝撃が手に伝わって嫌な気持ちになる。
何故、あんな女のせいで私がこんな思いをしなくてはならないのだろうか。
いずれにしても、近いうちにカメラであの女の姿を捉えてやろう。
クローゼットの冬服の間に死体を置き、念のためにその上からコートをかける。
掛け方が気になり、直そうと思ったときに、死体が目を開いているように感じ、ドキリとする。
作業を終えると気持ちが落ち着く。
今夜は半月だが、小雨で月の影も見えない。
昨日解凍した残りの肉を食べる。
 
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蛾の殺虫剤

dr-kilio 2007/07/24 11:25:51

 

早朝に目を覚ましたら、夏の気配を感じた。
散歩に出かけるついでに、玄関に置いてあったM.K.の全集を、燃えるゴミとして出すことにした。
ネズミの血に染まってしまった28冊の全集だ。
重いので9冊くらいずつ分けて入れておいたのだが、それでも重い。
ゴミ収集所まで運び、しばらく散歩を楽しんでから帰ってくると、カラスが群がっている。
何かをみつけてついばんでいるようだが、よくわからない。
近づいてみると、それが捨てた本だとわかる。本にしみこんでいたネズミの血をついばんでいたのだろうか。
朝から、不愉快な光景を見てしまった。
今日は一日蒸し暑い。
病院から帰ろうとしたら、歯科助手から呼び止められる。
何のことかと思ったら、最近抜歯した歯がなくなっているというのだ。
その話を聞くうちに、帰りが遅くなってしまった。
今日は殺虫剤を買うつもりだったのだが、店は閉まっていた。
先週、死体の処理をしようとした時に、死体の顔に留まっていた大きな蛾が高い梁の上に留まったままでいる。
その時は、まるで死体の魂が飛び出してきたようで、あまりいい気持ちはしなかった。
そのまま、ずっとその場所を動かないのも、死体の魂にじっと見られているようで落ち着かない。
殺虫剤で殺そうと思っていたのだが、今夜は無理だ。
家に帰ると、やはりその場所から私を見下ろしている。
けれど、今夜はどうしようもない。
夜になっても暑い。
蛾のいる部屋は奥の部屋なので、さらに蒸し暑い。
私の嫌いな季節がやってきた。
 
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鍵屋にお守りを返す

dr-kilio 2007/07/25 23:37:57

 

しばらく電話がなかった鍵の業者から、夕方切羽詰まったような声で電話がある。
内容は以前と同じだが、今度はお守りを探しに来たいという。
実直そうな男だったが、その分だけ面倒くさいタイプかもしれない。
一方、お守りを捨てるのは忍びなく、持て余していたのも事実である。
最近、厄介事が多く神経を遣うことをひとつでも減らしておきたかった。
考えた末に、夕飯前だったら時間がある、と伝える。
夕飯前、という条件をつけておけば、長居することもないだろうと考えたからだ。
男は、7時に伺うと嬉しそうに言って、何度も礼を繰り返した。
とはいえ、あの死体が家にあるようになってから、人が来るのは初めてだ。
少なからず緊張するが、あの歯を舌でなぞると不安が解消されていく。
問題は、お守りに入っていた歯だ。
広口瓶に入れておいたが、その後何本かの歯が貯まり、どれがその歯なのかわかるだろうか。
帰りは気持ちが急いて、早足になるのが自分でわかった。
それでも、歯を絞り込むのはそれほど難しくなかった。
鍵屋のお守りの歯は前歯だったが、瓶の中に前歯は2本しか入っていなかったのだ。
しかし、この2本のどちらであるかを特定するのが困難だった。
記憶をたどるが、2本とも大きな特徴がないため、何の手がかりもない。
もはや自分の勘を頼るしかない、と思い、一方の歯をお守りに入れて口を締めた。
これだけ似ていれば気づかない可能性もあるし、気づいたとしても謝ってもう一方を渡せば済むことだろう。
あの歯に触れていると、妙に自信が持てた。
7時少し前に男は玄関に現れた。
鍵を交換してもらった時にはあまり意識していなかったが、Tと名乗ったその男は、私とほぼ同じ年格好だった。
少し声が大きいが、気になるほどではない。
Tは盛んに恐縮していたが、あまり距離が縮まないうちに、私はその目の前にお守りを差し出した。
今日帰ってきてもう一度探したら、下駄箱の靴の中に入っていた、と話した。
鍵を交換していたときに玄関に置いてあった靴の中に落としていたのを、気づかないまま下駄箱に仕舞ったのだろうと言葉を繋いだ。
男は納得した様子だったが、それよりもお守りの中身が気になるようで、何度も中の歯を確認していた。
やはり、お守りの中の歯に、何か特別なものがあるのだろう。
少し好奇心が生まれたときに、Tの方から話し始めた。
「実はこのお守りの中には歯が入っているんですよ」
用心していた自分の気持ちが、少し揺らいでいた。
「その歯は…」
Tが言いかけたとき、奥で電子レンジが「チン」と音を立てた。
Tとの話が長引くのを用心して、あらかじめ5分で電子レンジが鳴るようにセットしておいたのだ。
その音で、再び私の警戒心が蘇った。
せっかくだが夕飯時なので、と一言告げると、Tはそれ以上続けようとはしなかった。
もの言いたげな様子は残しながらも、何度も礼を言って扉を閉めた。
  
実は、お守りの歯に興味があった。
けれど、いま見知らぬ人間に心を開いているような場合ではない。
残念な気持ちを抱えながら、電子レンジで温めたスペアリブを食べた。
Tのいなくなった家の中は、それ以前に増して静かに感じられた。
 
→次の夜
 


 

古本屋の店主

dr-kilio 2007/07/26 23:01:56

 

懇意にしていた古書店から、以前頼んでいた希少本が入荷したと連絡がある。
主人はやや興奮気味にどのような経緯で入荷したかを話してくれたが、私は前ほど興味を感じていない。
そういえば、最近本を読むペースが落ちてきている。
捨ててしまったM.T.の全集も、それほど惜しいという気持ちがなかった。
主人の熱意に押されるような形で、帰りに遠回りしてその古書店に寄る。
主人は満面の笑みで私を迎えてくれたが、ここを訪れるたびに感じていた高揚感が、今はもうなくなっている。
古書店の主人は、そんな私の態度に顔を曇らせるのではなく、むしろ心配が先に立ったようだった。
体調が悪いのではないかと、盛んに気にしてくれる。
せっかくの気遣いが、逆にひどく煩わしい。
希少本に1万2000円も払い、心配する店主の声を背に店を出たところで、Yから電話が入る。
一度はやり過ごしたが、すぐに二度目の電話があり、仕方なく出ることにした。
案の定、今週末の予定を聞いてくる。
あいにく用事があると言おうとしたが、そのくらいで引き下がらないことはよくわかっている。
Yの中で、私に対する疑惑と好奇心がわき上がってきている。
どのように言ったら納得するのだろうか。
生返事で思案していると、YだけでなくIも来たがっていて、二人で盛り上がっている様子である。
Iとは随分長いこと会っていないが、どちらかというと友人の中では苦手な部類に入る人間だった。
大学を卒業後、父親のつてでDという製薬会社に就職していた。
私の家に来るついでに、営業でもされたら堪らない。
いよいよ、二人を家に招くことは敬遠した方がよさそうだ。
道ばたに立ってしばらく話しているうちに、理由を考えることが面倒になってしまった。
最近疲れていて、週末は家でゆっくりしたいのだ、という単純な話をしてみた。
変に具体的な理由を言わなかったことがよかったのか、意外にもYはそれで納得した。
その後は、今日手に入れた希少本の話でYは興奮し、家に来訪することは忘れたようだ。
このまま忘れていてくれればよいが、きっと電話を切ったらまた思い出すことだろう。
夜になって、またあの歯が疼き出した。
 
古書店の帰りに殺虫剤を買うつもりだったが、Yからの電話のせいでまた買いそびれてしまった。
梁の上を見上げると、まだ蛾はそのままそこにいた。
まるで木の模様のように、ここ何日も動いていない。
生きていないかのようだ。
 
→次の夜
 


 

監視カメラの設置

dr-kilio 2007/07/27 23:53:29

 

以前、秋葉原のAという店で頼んでいた監視カメラの設置工事が今夜行われるので、少し早めに帰ることにする。
家の中は整理してあるが、小学生の頃の日記だけがまだ放り出したままになっていたので、引き出しの奥にしまった。
クローゼットの中を覗いて死体を確認すると、数日前に隠したままの状態になっていたので安心する。
その後は、業者が来るまでカメラの設置位置を検証する。
今回は、スロープで中二階へと登っていく廊下と、変わり者だった叔父の部屋に設置することにした。今では行方の知れなくなってしまった叔父は、若い頃人形師を目指していて、何体もの人形を家の中で製作していた。
人形が霊を呼ぶのではないか。そう思って、この部屋に設置してみることにしたのだ。
6時に業者がやってきて、若干の打ち合わせの後、早速工事に入る。
今回設置するカメラは2台で、インターネットを通じて見られるように設定してある。
設置工事自体は簡単に済んだが、ネットの接続や調整に時間を要した。
業者が家の中を歩き回ることもなく、心配したようなことは起こらなかった。
ネット上の画像チェックなどが終わったのは、11時頃。
無事終了したが、久しぶりに他人が家の中に入ったため、かなり緊張していたらしい。
帰った後は疲れてしまって、シャワーを浴びたら、もうベッドに入りたい。
一応、監視カメラは稼働していることを確認する。 →http://www.ghost-cam.com
    
※「http://www.ghost-cam.com」現在はご覧になれません。 
 
→次の日
 


 

蛾が動いている

dr-kilio 2007/07/28 15:04:40

 

いよいよ明日は参議院選挙で、町中が騒がしい。
住宅地にある私の家の前も、一日に何度も選挙カーが通り過ぎる。
しかし、そんなことのせいではあるまい。気持ちがザワザワして落ち着かない。
心のどこかで、今夜Yがいきなり訪ねてくるのではないかと思っているためだろう。
昨日設置した監視カメラの映像を、リビングのモニターとインターネットの両方でチェックする。
問題なく映っている。特段、何かが奇妙なものが映るわけではない。
私自身、設置した翌日にあの女の霊が映るとは思っていない。
しばらく何の変化もない2つの画面を見ていたが、どうにも落ち着かなくなり、買い物がてら近所を歩くことにした。
今夜は牛の内臓の料理を食べようと考え、材料を買い、コーヒーを飲んで時間を潰した。
道を歩く人たちを眺めながら、前歯の裏の歯を舌でなぞるのは、ワクワクするような高揚感がある。
日が暮れてきたので家に帰るが、Yが来た形跡はない。
料理の下ごしらえを済ませて監視カメラの録画装置を見ると、録画済みのサインが出ていた。
この機材は、カメラの前を動く物が横切ると、自動的に録画する機能がついているのだ。
あの女の霊かも知れないと思い、期待と不安の気持ちで再生してみた。
やがて、そこに映し出されたのは、カメラの前を飛び続ける蛾の様子だった。
蛾は延々とカメラの前を舞い続けていた。
私が、何日も動かないと思っていた蛾は、私のいない間に、こんなにも活発に動いていたのだ。
部屋を出て、蛾を確認しに行くと、数日前と全く変わりなく梁に留まっている。
まるで、さっき見た映像が幻のように感じられる。
数時間掛けて煮込んだ内臓料理を食べて、満足感を覚える。
歯の疼きも一時的に治まる。
  
監視カメラの開通を祝して、花を置く。
→ http://www.ghost-cam.com
   
※「http://www.ghost-cam.com」現在はご覧になれません。 
 
→次の夜
 


 

不穏な気象と理想的な休日

dr-kilio 2007/07/29 23:29:52

 

天候が荒れた一日。
午後、近くの家の大木に雷が落ちる。
雷鳴が去った後、近所の住民たちが集まって、塀の外から裂けて焦げた大木を見上げていた。
何かみんな興奮しているように感じる。
そういう私が、一番興奮していたのかもしれない。
近所に住む患者の顔がいくつか見受けられ、私に挨拶をしてくるが、私は世間話をするより、何百年と生き続けてきた生命を一瞬のうちに奪ってしまった偉大な力のことを考えていたかった。
気がついたら、携帯電話にYからの着信履歴がある。
雨が上がった後は、涼しい風が吹いてきた。
私は、黒く焦げた大木のことを考えながら、自分の中に押さえきれない力がわき上がってくることを感じていた。それは、いつもあの歯の疼きと一緒に訪れてくる。
何かわからない衝動を解消する術をみつけることができず、私はただ歩いた。
途中で再び雨が降ってきたが、雨に濡れている方が心地よかった。
遠くでサイレンが鳴っている。幹線道路を救急車が何台も通り過ぎる。時々、雷光が光り、雷鳴が遠く近く空の上で聞こえる。
その音が、私をますます高ぶらせた。
何故か、今日は私にとって理想的な休日に思えた。
Yからその後、連絡はなかった。
 
→次の夜
 


 

YとIの来訪

dr-kilio 2007/07/30 23:29:03

 

いきなり来るとは思わなかった。
YとIのことだ。
週末が過ぎて安心していたら、7時頃玄関のチャイムが鳴り、そこに立っていたのは夕食とワインを抱えた二人の姿だった。
不意をつかれた私は、二人の勢いに抗する方法をみつけることができなかった。
二人は家に上がり込み、持ってきたローストビーフやサラダ、オードブルやワインを食卓に広げた。
そんなわけで、いきなりYとIと三人の夕食が始まってしまったのだ。
二人は、まず私の印象が変わったことを盛んに話題にした。
その後は、なぜ私が二人を家に入れたがらないのか、の話題に終始した。
Iは久しぶりの再会だというに、その辺の遠慮がない。
くだけている、というよりも、無遠慮な印象が先立つのは、学生時代から変わっていない。
そんな話で盛り上がる中、いきなり食卓の上の照明に蛾がぶつかってきた。
あの梁の上に、ずっと留まっていた蛾だ。
大きな蛾は、狂ったように体を何度も何度も照明器具に当て、そのたびに鱗粉が食卓の上に舞い落ちた。
二人が買ってきた枝豆の冷製スープの表面に、まるで新しい調味料のように、それは振りまかれた。
食卓は一瞬でパニックになったが、光に向かう習性から、蛾はいつまでも食卓の上を飛び続けた。
Iが機転を利かせて、隣の部屋の明かりをつけて食卓の上の照明を消すと、蛾は隣の部屋に移っていった。Yは昔から虫が嫌いで、部屋の隅で固まっている。
私は、蛾とは別の危機感を感じて、Iのいる隣の部屋に向かった。その奥の部屋に、あの死体が隠してあるクローゼットがあるからだ。
私が想像していた悪い展開よりも、さらに悪い展開がそこにあった。
蛾はクローゼットの扉に一度留まると、上に開いた隙間からクローゼットの中に入っていったのだ。
Iはその蛾を追い出すために、扉を開けようとしていた。
  
ここまでが、私の覚えている今夜の出来事だ。
一体、何時間経ったのだろう。
目がさめると、ベットの上に寝ていた。
夢だったのだろうか。
けれど、食卓の上に二人が持ってきた食べ物は置かれている。
何もかもが面倒で、クローゼットを覗く気もしない。今日はシャワーも浴びずに寝ることにする。
何もかもが面倒だ。
 
→次の夜
 


 

片づけは明日

dr-kilio 2007/07/31 23:41:45

 

体が鉛のように重い。
ひどい疲れ。
今日は休むことにする。
昨夜のことは、別世界のことのようだ。
食卓の上には、食器と食べ散らかされた料理の残り。
玄関は、靴が散乱して、鍵は開けっ放しになっている。
昨夜のままの状態。
YとIの姿はない。
午前中はベッドで過ごす。午後、ダイニングルームの奥の部屋に入る。
クローゼットから、人間のしろい足が出ている。
  
早くあの厄介な蛾をつぶさなければ。
食卓のにおい始めた食べ物を香りの抜けたワインで食べる。
片づけは明日にしよう。
食卓の残飯も、あの足も。

  


 
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